ホーム |  長田センターとは |  お知らせ |  掲示板 |  予定表 |  Q & A |  お問合せ | 
サイト内検索
メインメニュー
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
オンライン状況
18 人のユーザが現在オンラインです。 (3 人のユーザが 掲示板 を参照しています。)

登録ユーザ: 0
ゲスト: 18

もっと...
アクセスカウンター
2017/04/27:453/5353
2017/04/26:501/7895

2017/03/28より2641/176564

じしんなんかにまけないぞ!こうほう149

このトピックの投稿一覧へ

なし じしんなんかにまけないぞ!こうほう149

msg# 1
depth:
0
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2012-8-8 9:39
h.yamamoto  長老   投稿数: 724
津門川ニュース/東北・関東大地震・大津波ニュース149


じしんなんかにまけないぞ!こうほう149


 東京電力福島第一原子力発電所の事故について、東京電力は、事故調査報告書で、「想定外」とし、(平成24年6月20日、東京電力株式会社、以下、東電事故調)、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会・国会事故調(2012年7月5日、以下、国会事故調)は「人災」としました。東電事故調は、巨大地震に引き続いて起こった巨大津波について、たとえば「平成19年9月、福島県の防災上の津波計算結果を入手し、福島県が想定した津波高さが当社の津波評価結果を上回らないことを確認し」、「平成20年3月、茨城県の防災上の津波波深について評価し、算出した津波高さが当社の津波評価結果を上回らないことを確認した」、しかし、福島県、茨城県の想定したそれらより高い東電の想定した津波の高さを上回ったのだから、「想定外」と評価したとしてもあり得るとします。「日本周辺において、今回の東北地方太平洋沖地震のように震源が広範囲に連動することについては、わが国のどの地震関連機関も考えていなかったことから、まさに知見を超えた巨大地震・巨大津波であったと言える」(東電事故調、P.33)、従って巨大地震・巨大津波はもちろん、東電福島の過酷事故(シビアアクシデント)も、「想定外」ということになりました。東電事故調は、事故報告の目的を「本報告書は、福島第一原子力発電所の事故について、これまで明らかとなった事実や解析結果等に基づき原因を究明し、原子力発電所の安全性向上に寄与するため、必要な対策を提案することを目的としている」と書きます。「想定外」のシビアアクシデントが起こってしまったにもかかわらず、「原子力発電所の安全性向上に寄与する」「必要な対策を提案する」と言ってはばからないのです。東電事故調が自ら認める「想定外」が起こってしまったにもかかわらず、必要な対策即ち「想定内」の対策を原発再稼働を前提に提案するのが、東電事故調です。東電事故調に目を通す限り、たとえば前掲のように事故のすべては「想定外」と片付けはするものの、2011年3月11日までに「想定内」で必要とする対策は取らなかったわけではありません。その想定、一般的な意味での想定、想定内が前提でしたから、東京電力の津波の高さの想定を、福島県、茨城県と並べて比較します。福島県、茨城県は原発の立地する県であってみれば、津波が場合によっては原発事故という深刻な影響を及ぼすことがあり得るという意味で、両県が津波評価結果を低く見積もってしまったのは、返すがえすも残念であると言わざるを得ません。しかし、東電事故調は、両県の津波評価を上回り、更に東電の評価を上回ったことを理由に、巨大津波が「想定外」であったことの理由にしています。
 たとえ、原発が立地するとしても、福島県、茨城県と東京電力とでは、立ち位置も責任も異なります。(今となってみれば、福島県も茨城県も、県内に原子力発電所を立地させる時に、他の誰よりも津波評価を高くしなかったことを悔やむよりないのですが)。それは、事業者である東京電力が原子力発電所の稼働は、電力を生み出す施設であると同時にその重大事故が、決して取り返すことのできない破局であることを知っているからです。人類は、原子力発電所を稼働することで電力を生み出すと同時に、原子力発電所の2つの重大事故、破局を経験してきました。スリーマイル島原発事故と、チェルノブイリ原発事故です。別に、数えきれない大小の原子力発電所の事故、原子力発電所の稼働には事故が避けられないことも経験してきました。その結果提案され、実施されることになったのが「シビアアクシデント対策(に対する備え)」です。この対策(に対する備え)は、一般的に対策や提案と異なるのは、原子力発電所の重大事故、シビアアクシデントは二度と元に戻すことのできない「破局」であることです。スリーマイル島原発事故と、チェルノブイリ原発事故は、「破局」を想定せざるを得ないことを、事故の事実で示すことになりました。その結果、提案されることになったのが、シビアアクシデント対策です。
 東電事故調によれば、シビアアクシデントに備える「アクシデントマネジメント整備の基本的な考え方」として「アクシデントマネジメントは、原子力施設の設備を大幅に変更することなく実施可能であり、その実施を想定することによりリスクが効果的に減少する限りにおいて、その実施が推奨又は期待されるべきであると考える」と考えています(東電事故調、P.40)。ここで、何が言いたいのか不明なのではなく、「設備を大幅に変更することなく実施可能」なこと以外は、何一つしないことを明言しています。更に徹底しているのは「その実施を想定することによりリスクが効果的に減少」しないのであれば、やっぱり何もしないと明言しているに等しいことです。
 シビアアクシデントに対するアクシデントマネジメントは、それが破局をもたらす施設・設備であるという意味で、施設・設備を大幅に変更する為に、可能なら実施するではなく、「万難を排して」でも実施する、それがシビアアクシデントに対する、アクシデントマネジメントの、本来のあるべき姿です。なぜなら、電力を生み出す為に、取り扱っている施設、原子力発電所は重大事故になった時、後戻りのできない破局であるからです。人類は、スリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故で、それを経験し更なる最悪の破局があり得ることも突きつけられてきました。
 しかし、東京電力はもちろん日本の原子力事業者は、原子力発電所が発電と破局が表裏一体であることを、2つの重大事故の経験にもかかわらず、自らへの問いとはしませんでした。それが過酷事故、シビアアクシデントであったにもかかわらず、東電事故調は、事故を「想定外」とし、更に、事故の核心に迫ることをほぼすべて避け、その目的を、原発再稼働にしてしいました。
 国会事故調は、東電福島の事故を「人災」としました。「地震に対する耐力不足」「津波高さの見直し」「国際水準を無視したシビアアクシデント対策」など、見直して対策を取る必要、可能性が明らかであったにもかかわらず、その一つ一つを後回しした、ないしは実施するつもりがなかった結果の重大事故であったという意味で「人災」であったとします。
 たとえば、原子力発電所の重大事故が破局を意味する、だからシビアアクシデント対策は、あらゆる意味で実効性を持たなくてはならなかったにもかかわらず、?:消火系ポンプによる原子炉と格納容器への送水手段、?:耐圧強化ベント、?:震源融通、のいずれにおいても、実効性に欠けていました。また、整備されるべき対策の、?:使用済み燃料プールへの直接注水系、?:計装類の強化なども、結果的には整備されていませんでした。その結果、4号機の使用済み燃料プールは全電源喪失で注水不能になり、直接代替注水ラインがなかった為、「放水車による注水が行われ、危機状態への推移が食い止められる」(以上、国会事故調、本文P.95〜125)ということになりました。シビアアクシデントを想定した計装系が強化されなかった結果、2号機では、原子炉圧力容器の状態を計測する、唯一の手段である温度計の「計測不能」が相次いでいます。
 東電事故調が自ら明らかにしているのは、原子力発電所の重大事故、シビアアクシデントが「破局」を意味することを、原子力事業者が他の誰よりも周知していたにもかかわらず、対策も備えもしなかったことです。シビアアクシデントということでは、前述のような対策を取ることをしなかった事実を究明列挙することで、国会事故調は、東電福島の事故を「人災」と断定しました。
 1995年1月17日の、兵庫県南部大地震を踏まえ、巨大地震・巨大津波を想定し原子力安全委員会によってまとめられることになったのが「発電用原子炉施設に関する耐震設計指針(耐震バックチェック)」です。この安全委員会の指針決定をもとに、原子力安全・保安院は「原子力事業者に対し、稼働中又は建設中の発電用原子炉施設等についての新指針に照らした耐震安全評価(以下『耐震バックチェック』という)の実施と、そのための実施計画」の作成を求めます(国会事故調P.71)東京電力は「バックチェック未了ながら耐震補強工事の必要箇所を多数確認していた」にもかかわらず、「東電から開示を受けた資料、並びに当委員会からの質問に対する東電からの回答によれば、それ以降のバックチェックは本事故の時点までほとんどなされない状況であった」(国会事故調P.93、94)結果、「1号機の冷却材喪失は、事故シナリオ1によるものではなく、事故シナリオ2による――すなわち、地震動による原子炉系配管の破損による――ものである可能性が高くなる」こと、要するに事故は地震動によって始まっていた可能性が高くなります。その地震が想定されていたにもかかわらず対策を先送りして“人災”を招くことになったのです。事故は、いわゆる「想定外」ではなく、想定される地震動とそれにもとづく耐震バックチェックを実施しなかった結果のシビアアクシデントになった可能性が否定できないのです。“人災だったのです”(国会事故調、P.73〜76、P.243)。
 国会事故調が「人災」と断定し、東電事故調は「想定外」とするにせよ、起こってしまった原子力発電所の過酷事故・シビアアクシデントが破局であるのは、起こってしまった後の、どんな対策も手遅れである事実から明らかです。
 国会事故調は事故を「人災」と断定し、それが何に起因するのかを明らかに、7項目の提言と、更に「提言の実現に向けて」委員会の見解を明らかにしています(国会事故調、P.489〜585、P.20〜23)。「提言の実現に向けて」は「この事故から学び、事故対策を徹底すると同時に、日本の原子力対策を国民の安全を第一に考えるものに根本的に変革していくことが必要である」とし、安全をおびやかされた人たちには「福島原発事故はまだ終わっていない。被災された方々の将来もまだ見えない。国民の目から見た新しい安全対策が今、強く求められている」とします。しかし、「安全をおびやかされた人たち」、「破局」を突きつけられた人たちに対しては、国会事故調が、報告書というものに公表する以外、「新しい安全対策」を示すことができた訳ではありません。いかなる、「新しい安全対策」も決して完全ではあり得ない、想定外を想定するよりないにもかかわらず、結果的には原子力発電所の稼働を容認するのが、国会事故調の公表された報告書であるように読めます。東京電力福島第一原子力発電所の現実に起こってしまった過酷事故、破局に対する答えにはなっていないという意味で。


分水嶺となる国会事故調査委員会報告
新免貢(大地震・大津波ボランティアセンター代表)
「何度も対策を立てる機会があったのに、東電は対策を先送りし、保安院もそれを黙認した。自然災害ではなく、明らかに『人災』だ」。そのように国会事故調査委員会の黒川清委員長は断定した。しかし、その種の原発人災論はもうとっくに論じられてきたのではなかったか。「敷地の高さを超える津波が来た場合に全電源を喪失し、炉心損傷に至る危険があるとの認識は共有されていた」という指摘の内容も、国民にとっては初耳ではないはずだ。何を今さらである。今何ができるかを市民たちが自分たちの頭で考えなくてはならないはずだ。この緊急課題は、専門家たちに任せておいてはいけない。専門家たちに任せてくと、必ず巧妙ででたらめな曲芸的論理が展開される。
「事故はまだ終わっていない。提言実現の一歩を踏み出すことこそ、失われた信頼を取り戻すことになる」と報告書は強調するが、それでは事態の改善どころかか、現状肯定と変わりない。国会事故調査委員会は、やはり上に立つものが主導する委員会である。原発の安全性に対する不安が広がりゆく潮流を、原発を維持していく方向へと変えていく分水嶺的役割を今後果たすことになる。また、報告書の冒頭では、今回の事故を日本社会のこれまでの歩みの中に位置づけて見せているが、かなりおおざっぱである。原発政策推進の事の起こり自体については、米国の核政策も絡んでいること、被爆国でありながら「核の平和利用」という危ないまやかしの論理の問題性を説明しているとは言い難い。
「日本が抱えている根本的な問題を露呈することとなった」と言われているが、その論じ方がかなり強引である。「科学技術先進国の一つである日本で起きたことに世界中の人々は驚愕した」とか、「想定できたはずの事故がなぜ起こったのか。その根本的な原因は、日本が高度経済成長を遂げたころにまで遡る」としているが、これは科学技術の信頼性を前提として、原発推進政策を高度経済成長と単純に結びつけている。科学技術の徹底検証という自覚がなさすぎる。
「ほぼ50 年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の際立った組織構造」を批判しているが、それが、戦争に直接参加しないという平和主義に支えられて、日本経済の発展を下から推進したのではなかったか。「そういうことを当然と考える日本人の『思いこみ(マインドセット)』があった」とするのは、それこそ思い込みである。むしろ、高度経済成長の下で、次の時代につながる経済政策と社会政策を具体的に推進してこなかったことの責任が問われるべきである。
「経済成長に伴い、『自信』は次第に『おごり、慢心』に変わり始めた」と述べられているが、そういうことを言う資格は、世のエリートにはない。国民の多くの人生はむしろ、入社や入省年次で上り詰める「単線路線のエリート」たちとはかなりかけ離れている。こういう表層的なことしか表現できない報告書を作成してしまうのは、大卒以上の人間しか知らないからであろう。
「前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった」と他人事のように批判しているが、かつての「親方日の丸」式手法は、現今の弱者切り捨て入りもずっとましな面もあった。
「国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けず安全対策は先送りされた」のは事実である。しかし、そういうことも、多くの識者たちや意識ある市民たちが昨年来指摘してきたことである。
「日本の原発は、いわば無防備のまま、3.11 の日を迎えることとなった」とあるが、「無防備」を科学技術で「十分な防備体制」にし、今回の事故が防ぐことができたとでも言うのか。それはありえないであろう。原発が未完成の技術であることが事故によって証明されたのである。「日本が抱えている根本的な問題を露呈することとなった」と言うのであれば、より具体的に、原発神話のまやかしが露呈されたと言うべきであろう。「事故の進展」「被害を最小化できなかった」などという言い方は、安全性を確保できれば原発は安全であるという観点の下に、放射能汚染の深刻な広がりを見くびっている。
政府や保安院、東電のいずれにおいても原子力災害に対する準備が十分でなかったこと、予見された大津波対策の不十分さ、初動段階での首相官邸の対応のまずさ、指揮命令系統の混乱、政府と企業と官僚との慣れあいの関係を指摘することもまた、昨年から多くの人たちがすでにやってきたことだ。その程度のことは、市民は報道を見て十分に承知している。
 しかし、この委員会の役割は、あくまで事故調査に限定されているので、他に多々ある重要事項が取り上げられていない。報告書では、以下のことは範囲外として取り上げていないとわざわざ断っている。

1)日本の今後のエネルギー政策に関する事項(原子力発電の推進あるいは廃止も含めて)
2 )使用済み核燃料処理・処分等に関する事項
3 ) 原子炉の実地検証を必要とする事項で、当面線量が高くて実施ができない施設の検証に関する事項
4 )個々の賠償、除染などの事故処理費用に関する事項
5 )事故処理費用の負担が事業者の支払い能力を超える場合の責任の所在に関する事項
6 )原子力発電所事業に対する投資家、株式市場の事故防止につながるガバナンス機能に関する事項
7) 個々の原子力発電所の再稼働に関する事項
8) 政策・制度について通常行政府が行うべき具体的な設計に関する事項
9) 事故後の原子炉の状況の把握及び廃炉のプロセスに関する事項、発電所周辺地域の再生に関する事項
10)その他、委員の合意によって範囲外と決めた事項等

しかし、これらの課題を避けて通れない。調査報告が述べているように、「福島原子力発電所事故は終わっていない」からだ。まだ終わっていないのだから、また今後も終わりそうにもないのだから、簡単に結論を出すべきではないと考えられる。
この調査報告は、「日本の国会報告:福島原発危機は『人災』あった」(“Japanese parliament report: Fukushima nuclear crisis was 'man-made'”)と題する7月5日付ニュースとしてCNNでも報道された。
上に立つものにタテをつけない日本的体質は、改善されねばならないが、それと同時に、個人もまた自分を変える勇気が求められる。善き家庭人が組織内では、変化をよしとしない歯車として動かされ、いろいろな局面で無責任な体質を補強し、それでもって世の中全体が成り立っている。冤罪を生み出す構造も、これと似かよっている。ただの人、ただの市民が、一人でも多く、そういうことに気づいていく。そういう下からの変革しかないように思われる。今回の事故調査報告は、そのような下からの変革を避けている。生活に不安を覚えるただの人の意見や良識ある市民の声に耳を傾けなければ、政策はいくらでもでたらめなものになるであろう。(2012年7月7日)



「世界の終わりの為の備忘録」を、おすすめします。

2011年3月11日の、東北の大地震、大津波、東京電力福島第一原子力発電所(以下、東電福島)の事故の後、3月17日から書き始めた文章(じしんなんかにまけないぞ こうほう)を、「世界の終わりの為の備忘録」としてまとめることになりました。
 東電福島の事故の、世界の終わり、滅亡の予感の中で書き続けた雑文は、原子力の大事故という、それ自体の抱き込む迷宮、誰かによって画策され続ける迷宮に、ひるまずに挑み続けた比類なき備忘録であると言えます。



 著者:新免貢(東北・関東大地震大津波ボランティアセンター、
    宮城学院女子大学教授)菅澤邦明(兵庫県南部大地震ボランティアセンター、西宮公同教会牧師)
    発行:兵庫県南部大地震ボランセンター
    体裁:“じしんなんかにまけないぞ こうほう”の50号分を1分冊として発行、100号まで2分冊。
価格:1分冊 2,500円
発行:2012年4月28日
問合せ先:西宮市南昭和町10-19 アートガレーヂ内
     兵庫県南部大地震ボランティアセンター
     TEL:0798-67-4691

投票数:0 平均点:0.00
返信する

この投稿に返信する

題名
ゲスト名   :
投稿本文

投稿ツリー

  条件検索へ


長田センターへのお問合せ
被災者生活支援長田センター