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TOP : 長田センターニュース15号
投稿者 : h.yamamoto 投稿日時: 2012-03-24 10:43:24 (2201 ヒット)

長田センターニュース第15号巻頭言

「涙に涙を重ねて共なる生を」   小林聖 兵庫教区総会議長

6434人のいのちを奪い、数えきれないほど多くの人々の生活を破壊した兵庫県南部大地震。あの日から17年という月日が流れ、今年も1月17日を迎えました。あの日、絶望的な思いの中で見つめた被災地の姿は、17年という時間の中で見事に「再生された」と言ってよいでしょう。行政的には震災復興は完了したと認識しているように思われますし、直接的に被災しなかった人々にとっても既に過去の出来事になっているのかもしれません。しかし、あの震災によって奪われたいのちは当然のことながら戻ることはないのであり、そこにある痛みと悲しみは決して時間の経過によっていやされるわけもありません。また、被災された方々の生活が、全て元通りになっているわけでもありません。いまだ私たちは阪神・淡路大震災の時を生きています。
その様な思いの中にある阪神・淡路大震災から17年目の兵庫教区の歩みは、あの日私たちが感じさせられた痛みと悲しみ、そして絶望をフラッシュバックさせる東日本大震災の現実に向き合う中で続けられてきました。17年という時間を癒されえぬ痛みと悲しみと共に歩んできた私たちにとって、阪神・淡路大震災をはるかに上回る被災の状況を生み出し、更には福島第一原子力発電所の深刻にして最悪な事故という取り返しのつかない事態を生じさせた東北地方太平洋沖地震と大津波は、当然のことながら決して他人事とはなりえないものでした。
兵庫教区では、地震発生直後に兵庫教区被災者生活支援・長田センターより柴田信也センター主事を東北教区に派遣すると共に、被災教区の方々はもとより日本基督教団諸教区と協力しつつ、救援・支援の働きを継続してきました。また、兵庫県南部大地震ボランティアセンターと連携し、特に原子力発電所事故のただ中にある福島県に庄司宜充さん(長田センター特別委員)を派遣し、阪神・淡路大震災被災地・被災者の祈りを届けていただくと共に、人と人、心と心をつなぐ働きを長期にわたって担ってきました。被災状況の甚大さと地域の広範さを思う時、それらの働きが十分であるとは言えないとは思いますし、私たち自身の経験からも被災地・被災者支援はこれからますます緻密さとそれ故の広がりが必要となる事も承知しています。また、この度の大地震・大津波による二次的な災害である原子力発電所の事故にいたっては、単なる救援・支援だけにとどまらない、私たちがこれまで良しとしてきた生き方、社会のあり方そのものを見つめなおす作業が必要であるのだろうとも思います。その意味では、私たちに課せられている課題、働きは、大変に大きく重いと言わざるをえません。

最初にも申し上げたように、私たちは17年を経てもなお阪神・淡路大震災の時を涙と共に生きています。しかし、この17年間だけを見ても明らかなように、自然災害は繰り返し襲い掛かってきます。自然災害は、私たちの再生や復興を待ってはくれないのです。阪神・淡路大震災による被災の経験の中で、私たち兵庫教区に生きる者は「被災の現実から教えられたのは隣人への関心、関係の豊かさを生きることであると信じる。わたしたちは、大地震という未曾有の出来事を経験した。おびただしい死を前に圧倒されながら、悲しむよりほかない現実と向かい合うことの大切さを知った。同時に、イエス・キリストにおいて歴史に啓示された神は、被災のただ中にも臨在されていることを信じる。わたしたちは、現実の苦難の中にある生命の営みと、その出会いの中にこそ神は居られることを信じる。その信仰によって未知のものを踏み分けつつ言葉を紡ぎだしていくことが福音宣教と信じる。(『阪神淡路大震災被災教区の震災5年目の宣教にあたっての告白』より抜粋)」との告白に導かれました。私たちは繰り返される苦しみと悲しみの中で積み重ねられる涙と共に生きていかねばなりません。自らの涙に他者の涙を積み重ねて生きていかねばならないのです。だからこそ、私たちは共なる生を生きる者でなければなりません。そして、その共なる生のただ中に、互いの涙を互いに引き受けつつ生きる生のただ中にこそ、神が生きている事を確信する者でありたいと思います。今なお阪神・淡路大震災の被災の現実の中に生きる私たちですが、だからこそ私たちの痛みと悲しみをこの度の震災において被災された全ての方々の痛みと悲しみに重ね合わせつつ、震災の現実のただ中に、痛みと悲しみのただ中にこそ神が臨在していることを確信して共に励ましあい、支えあい、歩んでいく者でありたいと切に願っています。

最後になりましたが、いまだ復興の途上にある阪神・淡路大震災の被災者一人ひとりの痛みと悲しみをお覚えいただくと共に、被災教区のひとつである兵庫教区に託されている宣教の業に、より一層のご理解とご支援を賜りますよう心よりお願いを申し上げます。また、兵庫にある私たちも東北地方太平洋沖大地震・津波、福島原子力発電所事故被害のただ中にあって深い悲しみと苦しみ、不安や恐怖の中におられる全ての皆様のためにお祈りさせていただくと共に、引き続き精一杯のご支援、ご協力をお約束させていただきます。

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